九頭竜正志「さとり世代探偵のゆるやかな日常」感想

九頭竜正志先生の「さとり世代探偵のゆるやかな日常」を読みました。ネタバレを含む感想を書いているのでネタバレが苦手な方はお読み頂く事をご確認くださいませ。

表紙絵が大変穏やかですが、穏やかな内容の物語は序盤まで。序盤も小規模な事件や事故が起きていますし、様々な伏線貼られていて穏やかではない気もしますが。

 

物語の後半で「これはやられたと」思った、正直。

ある意味二度読み必須です。最初から最後まで私はやられました。その結果の二度読み必須です。

 

古宮九時先生の「死を見る僕と、明日死ぬ君の事件禄」で「思い込みで読むのを止めよう」と決めたばかりなのに思いっきり思い込みで読んでいました。

mikanbook.hatenablog.jp

 

人間生活でも思い込みによって様々な事件が生じる可能性があるので、なるべく思い込みをしないように生きて行きたいと再び思ったよ。

 

 

 

あらすじ

地元の国立大学に進学した主人公の田中綾高は「これだ!」と思う程のやりたい事が無い。いわゆる世間で言うさとり世代で何事に対しても無気力。

 

綾高は友達の灯影院の提案でサークルは「探偵同好会」に入部する事になる。探偵同好会と言っても本物の探偵が行う浮気調査だったり事件の犯人を捜す事は行わなくて、活動内容は主に小説を書く事。

 

しかし、灯影院は日常の様々な場面で起きた不思議な出来事をあたかも事実のように推理した。そして、最終的には1人の死の原因を推理する。

 

登場人物

田中綾高

「さとり世代」代表の主人公。と言ってもそんなには悟っていない気もする。第2話で綾高が教習所へ免許証を取りに行きますが本物のさとり世代は教習所へ行き運転免許証を取得しようとも思わないはず。

 

綾高が通う大学は「全員何かのサークルに所属しなければならい」という校則があり、友達の灯影院が「探偵同好会を作ろう!」という誘いを受けて探偵同好会の一員になる。

 

主人公に対してこんな事書くのは失礼なんだが、主人公のくせに1番影薄いキャラクターです。あまり感情が彼に入る事が出来なかった。寧ろ逆に他の登場人物の影が濃過ぎるってのもあるのかもしれない。

 

「あやたか」という名前を聞いて真っ先に「綾鷹」が浮かんだからね、申し訳ないけど。

 

現代日本にに生まれて居たら「選ばれたのは綾高でした」って言われていじられていた事でしょう。

 

佐々木灯影院

綾高の友達。

「灯影院」って姓名じゃなくて名前だったのか。という事を物語の後ろから10ページぐらいで分かります。最初に「探偵の苗字は3文字が多い」っていう記載があってそこから「灯影院」が苗字なんだ。って思いましたがまさかの苗字も名前も3文字という。

 

なかなか目立つ名前。確かに小学生の時に「僕の名前はほかげいん」って名乗ると「え?何?もう一回言って?」っていう名前。幼少期の時は恐らくほとんどの場面で「佐々木」という名前を普段名乗っていたはず。

 

けれど綾高が「灯影院という名前は素敵だ」と伝えた事により灯影院が自らの名前に自信を持ち名乗るようになったんじゃないかなと。

 

個人的にキラキラネームの人は電話を代表とする様々な場面で大変そうですが「灯影院」という名前はかっこよいと思ってしまった。私にとって灯影院自体が「さとり世代探偵のゆるやかな日常」で推しの登場人物という事もあり贔屓している可能性もありますが。

 

坂本久生

綾高と灯影院の通っていた高校の文芸部の先輩であり、同じ大学に通っているので大学でも先輩。ボーリングサークルに所属していたが新入生歓迎パーティを行った際にサークルのメンバーが急性アルコール中毒によって亡くなってしまった結果、ボーリングサークルは廃部になった。

 

同好会を作る際にはメンバーが3人必要。綾高と灯影院で2人で1人足りなかったので、灯影院が坂本先輩を誘い探偵同好会に所属する事になる。

 

名前からして男性だと思いませんか。しかし、坂本先輩は女性だったんですよね。

 

上記で「二度読み必須」って書きましたが坂本先輩の性別によって私にとっては二度読み必須になりました。「坂本先輩が女性」という事を頭に入れて読むとまた別の読み方が出来る。

 

正直「坂本先輩が女性」っていう事を気づく場面なんて沢山あったんだけどね!

 

坂本先輩が男性で後半のシリアスな展開に加担していないキャラクターだったら私にとって絶対にこの作品で1番の推しの登場人物にいなっていた。強調しておきますが、男らしさ満載の女性です、坂本先輩は。

 

ざっくりとした感想

会話のテンポが速いのでその点はラノベ感が強いです。そして、「さとり世代探偵のゆるやかな日常」は6話で構成されていますが、第4話まではシリアス感がほとんど感じられなくてコメディの要素で作られています。

 

個人的にはシリアスな話よりかは前半のコメディ要素の強いお話がずっと続いて欲しかったです。笑って読めてる。次作が出るならコメディ要素の短編を詰め込んだ作品をちょっと期待してしまう。

 

もちろん後半のシリアスなお話も好きですが「ふわふわ」っとした感じ最後はまとめられてしまったのが多少残念。ある意味「ゆるやかな日常」という事がよく表現されている。

 

何よりも坂本先輩が一体どうなったのかが気になりました。けれど、どう足掻いても幸せな展開になる事はならないので「ふわふわ」っとした感じで終わらせたのは作者の優しさだと思っています。

 

会話のテンポが速い他のラノベはこちら。

こちらも若干の推理雰囲気がある小説ですが、ほとんどはイケメンパティシエ主人公とケーキ大好きヒロインのほんのり甘いお話。

mikanbook.hatenablog.jp

 

さとり世代とは

さとり世代について詳しい事はWikipediaを見ていただければ良いでしょう、きっと。

ja.wikipedia.org

つまり、私の事です。年代は思いっきり被っています。

 

 「さとり世代」の特徴は「が無い」「恋愛に興味が無い」「旅行に行かない」などが典型例として指摘される

 

この1文がもろ私の事です。厳密に「欲がない」という所では「常にソシャゲをプレイしていたい。」または「常に本を読んでいたい」の2つが有ります。また、「恋愛に興味が無い」という所ではソシャゲの異性キャラクターに恋をしているのでちょっと「もろ」という程ではないのですが。

 

旅行は修学旅行以外で行った事無いからな。基本的出来る限り家に居たい人です。

 

正直私は綾高の考えが分かる人間で恐らく綾高から「探偵同好会」を抜いた大学生活をしていたのは私でしょう。

 

灯影院は綾高と比較すると自ら「探偵同好会作ろうぜ!」と言ったりして活気のあるキャラクターなのでさとり世代感は感じれませんでしたが。

 

また、坂本は思いっきり恋愛を楽しんでいたのでさとり世代ではないでしょう。

この物語の「さとり世代探偵」一体誰なのかイマイチ分からない。

さとり世代という観点から見れば当てはまるのは綾高。探偵という観点から見れば灯影院。主人公は綾高。

 

けど、綾高ってそんなに探偵っぽい事をしていただろうか。

 

最後に確かに綾高は「灯影院がどうして友達として居続けてくれるのか」という事を推理しますがそれは後半の数ページのみ。

 

恐らく灯影院が探偵で綾高は助手という立場だと思いますし、そのような雰囲気の後半に記述があります。

推理が合っているかどうかよりも、助手の求める解答であるかどうかを優先し、推理を捻じ曲げることすら厭わない名探偵

p.360

 

この事からも灯影院が「さとり世代探偵」なのかなと。だったらもっと灯影院悟ってくれよ。あくまで年代的に「さとり世代」に生まれたというだけなのかもしれない。

 

「さとり世代探偵のゆるやかな日常」を読んで物知りになれた

本を書く著者の人は物凄い量の本を読んだり、本以外のデバイスから情報を入手して勉強しています。なので、どの本を読んでも多少「あ、こんな事知らなかった!」という新しい知識に出会えます。

 

一応「さとり世代探偵のゆるやかな日常」はライト文芸の分類に入るのですが、ところどころに「え?これライト文芸で語る話?」と思う程に詳しい話が書かれていました。

 

個人的に勉強になったのは現代で言う「織姫と彦星」の話。この話は第四話の「七夕伝説と、坂本先輩の推理」で登場する話です。織姫と彦星は年に1回しか会えないってのが主に知られている話ですが意外と奥深かった。もちろん私もこの物語を読むまでこの認知だった。

 

「みんな知らないという事を無知の免罪符にしてしまうと、本当に駄目な人間になってしまうぞ」

p.119

 

坂本先輩の発言です。

私は一応社会人ですが小説内の大学生に諭されました。本当に駄目な人間になりつつありますが最善の努力をしたい。

 

あと、私は車の免許を所有してなくて、かつ教習所へ行った事も無いです。なので、「教習所で乗る車の助手席にはブレーキがある」という事もこの本で知れた。自分の無知さがつらいね。

 

著者:九頭竜正志先生について

あまり「この作家が好き!」だとか「この作家が嫌い!」という考えは持たず分け隔てなく多くの作家を読むようにしています、私は。

 

しかし、「さとり世代探偵のゆるやかな日常」を読んで「九頭竜正志先生の他の作品を読んでみたい」っと思ったのですが「さとり世代探偵のゆるやかな日常」以外に本を出されていなくてちょっと残念でした。

ja.wikipedia.org

「さとり世代探偵のゆるやかな日常」の発売日が2015年で九頭竜正志先生のデビュー作がこの本。この記事を書いているのは2019年。結構間が空いてるので今後本を出してくれるのかがちょっと心配。出してくれたら入手したい所だけど。

 

「さとり世代探偵のゆるやかな日常」をオススメな人

・変な推理小説を読みたい人

「変な推理小説」って書くと多少の語弊が生じそうですが序盤の灯影院の推理ってのはやっぱり変。そしてその推理を受け入れる主人公の綾高もやっぱり変。

 

けど温まる推理であり笑える推理です。

 

・コメディの中にシリアスがいきなりやって来ても大丈夫な人

正直これが1番重要かなと。半分より少ないぐらいの間コメディの話で、サクサクと読めます。そして、半分以上そこそこに重たいシリアスな内容が現れます。

 

これを「雰囲気ぶち壊し」として評価する人は多いんじゃないかなと。その点においてこの作品は好き嫌いが分れる気がする。私のように雑食読書している人は気にならないと思いますが「この本はこうであるべき」と思いながら読むようなタイプの人はきついと思う。